第7回更新一言メッセージ

   【Halloween】ハロウィン会場にて
 パーティ会場の片隅で、私の手は黙々とテーブルに並べられた食べ物を口に放り込んでいた。左手でフライドチキンを握りしめ、右手でアルコールのないハニーエールをぐっと流し込む。飲み干したグラスをテーブルに叩きつけるその様子は、酒に酔って怒り上戸になったように見えたかもしれない。
 辺りでは子供がお菓子を求めて騒いでいる。大人たちはそれに答えてお菓子を与えたり、あるいはそれを拒んで悪戯されたり。中には本当の化け物と見分けのつかない姿に化ける冒険者もいたりて、会場内は混沌としていた。数分前までは、私もあの騒ぎの中に紛れていた。私のポケットの中に入っているいくつかのお菓子がその証拠だ。だが、それも今となってはもう昔の話。機嫌を損ねた私にはあの輪の中に入っていく気など怒らなかった。
 元々、この会場自体に期待をしていたわけではない。私の目的は、この日に『あちらの世界』からやってくる、どこかの誰かの先祖の霊や、悪霊たちだ。悪霊を退けるために仮装をし火を焚くこの会場内で、獲物となる死霊と出会えるとは思っていなかった。悪霊とは言え元は人。人の集まるところに寄ってきて、火の回りを飛び交う虫のように人だかりの近くで狼狽える。そんな風に会場から少し離れたところで、ふらふらと彷徨う悪霊を刈り取るつもりでいたのだ。会場で子供のように振る舞うのはただの冷やかし。それがまさか、こんなに会場内に霊魂が跋扈しているとは思っていなかったのだ。
 この会場は既に他の死霊術士のテリトリーになっていた。と、私は認識した。辺りを飛び交う色とりどりの光を放つ霊魂を見れば、幽かに他の術者の”臭い”がする。このパーティのスタッフの中に同業者でもいたのだろう。
 その霊魂の動きをじっと見つめていれば、彼らはまるでそれぞれが独自の意志を持っているかのように参加者をもてなしている。これだけの霊魂を統率し、なおかつ指を動かすように躍動的に操る。一体どれだけの技量をもったネクロマンサーがここを牛耳っているのだろう。別にそのネクロマンサーが怖いわけじゃないが、その力量には目を見張るものがある。
 それを考えると、何時までもここにいたところで、私にメリットはない。会場内が支配されている以上、それ以外の場所で、できるだけトラブルを起こさない距離で活動しなければ。別にそのネクロマンサーが怖いわけではなくて、人のテリトリーを踏み荒らすのは趣味でないというだけだ。ここは一旦会場から退いて、街中に飛び込んできた悪霊を狩る方が賢明だろう。テーブルに残された最後の品物であるカボチャのパイに、私の手が伸びる。
 その顔だけ拝んでおいても良いのかもしれないが──そんなことを考え、否定するようにそのパイを一気に口の中に詰め込んだ。他のネクロマンサーと交流して、新しい方式の知識を得るのは悪い話ではない。だが、今感じた力量差でそれを行う必要性もない。ある程度目線の高さが合うところになってから。対等な立場になってからで良いじゃないか。別にそのネクロマンサーが怖いわけじゃない。


一言メッセージ上に
「E-No.13 バラーさん の【ジャックのハニーエール】【南瓜鶏のフライドチキン】」
「E-No.45 ルタちゃんの飛ばす霊魂 とカボチャパイ」
をお借りしました!
あとルタちゃんの力量を見誤った上で一方的にビビりました!

第6回更新一言メッセージ

 主要な通りからは少し離れたこの道は、いつものように小さな活気をともしていた。どの時間でも人がぶつかるような混雑はなく、かといって人っ子一人見当たらないほど人通りがなくなることもない。人の出入りのバランスが丁度良い塩梅になっているのだろう。西から東へ、東から西へ。流れていく人並みは途切れることなく、しかし次々とその顔をつけ変えていく。
 鳥たちが屋根の上で小さなメロディを奏でる。それは路上から聞こえてくる人間たちの低音と重なって、日常という一つの楽曲を作り上げていた。長い間私が戻ることのできなかった、人間たちの営みの中。バルコニーから見えるその景色を眺めながら、私の手はティーカップを口に運ぶ。角砂糖が二つとけたそのハーブティーは、安堵とも嫉妬ともつかない、宙に浮いた苦味がした。口に運ばれたそのハーブティーがこれからどのような道をたどるかなんて、今更考えたくもない。
 カチャリ。ティーカップが置かれるその音が彼らに届いたのだろうか。先程まで軽やかなメロディを奏でていた鳥たちが一斉に飛び立っていく。赤い屋根から、赤い屋根へ。赤い煉瓦と白い壁で統一されたこの道の景観が、青く澄んだ空とうまく調和を取っている。太陽に照らされたそれらの色は、この季節であっても私の目にはまだ眩しい。目が焼けるのを少しでも避けようと、私の目は再び路上の人並みを映した。

 ふらりふらりと流れていく人の姿に紛れて、一つだけ、綺麗すぎる直線を描く影がやけに目立つ。巡回中の精霊兵だ。首都であり、精霊協会がすぐそこにあるこの町にとって、精霊兵の存在はごく普通の日常風景として受け入れられていた。精霊兵──精霊石によって仮初の命を与えられた、主の命令を淡々とこなすだけの魔法生命体。私たちが協会で相手をさせられるのは生まれたばかりのひよっこばかりだが、それが精鋭ともなると一流の冒険者にも匹敵する力を持つ。精霊協会の秘する重要な技術であり、協会を支える要の一つだ。
 彼らがまともに配備される前は、人々は魔物の襲撃のたびに多くの血を流していた。魔物とまともに渡り合えるのは、他には精霊術を習得した冒険者ぐらいだ。しかし、冒険者の数は無限ではなく、その仕事内容を支配する権限も協会にはない。ここ、首都ハイデルベルクであっても、冒険者が駆けつけるまでに区画一つが魔物に破壊されることはざらであった──というのは、隣で眠っている老婆の口から出た言葉だ。

 よく階段の側でうたた寝をしている、ということ以外、彼女については何も知らなかった。このようなティータイムに誘われたのは今日が始めてだ。精霊協会の依頼をこなして帰ってきたのは、三日前だったか。それ以来新しい依頼がすぐに来るわけでもなく、宿と協会の図書館とを行き来するだけだった私に、彼女は声をかけてきた。このような子供一人、協会に所属して以来をこなしているのだ。たとえ彼らがそういった冒険者に慣れていたとしても、興味や疑念をもたれるのは予想の範囲内だった。表の世界に顔を出して仕事をする以上、身近なところでのトラブルは事前に解消しておきたい。そんな思いもあって彼女の誘いを受けたのだが、以外にも彼女の口から出たのはこの町の話や、彼女自身の思い出話だった。出来ることならば詮索されたくない、という私の本音が見透かされてたのだろうか? 私の目がどれだけ彼女の寝顔を映しても、その答えは返ってくるはずもない。
 彼女の後ろに飾られた紫色の花が、冷たい風に吹かれて静かに揺れた。この宿には至るところに植物が飾られているが、それらは彼女の要望で仕入れたものなのだという。見渡せば、このバルコニーにもその縁を埋めるかのように、木で出来たプランターが並べられている。冬が近いこの時期には、それらの植物はどれも花を落とし、あるいは茎だけになって、厳しい季節に向けた静かな佇まいに変わってしまっていた。

「春になるとね、そこにある子たちはみんな、きれいな花を咲かせるのよ。
 エリゲロンに、ヒュ-ケラ、それにカンパニュラもあったわね……」

 ふいにかけられたその言葉に、ピクリと私の体が反応する。私の関心が植物に向いている間に起きたのだろう。その老婆はしわの深い顔でにこやかに笑っていた。その顔に私に対する悪意や、猜疑心は読み取ることができない。一体何のために、私はここに呼ばれたのだろうか。向かい合った私と老婆との間に、また一つ、冷たい風が吹いた。
 聞いたところでその口から語られる言葉が真実とも限らない。人の優しさをそのまま受け入れられるほど私はもう不用心ではないし、今後家族以外の他人を信頼することもきっとない。だけれど、それを表に出して軋轢を生むのもスマートではない。だから私は、この協会に入るにあたって、一般人に向かい合うための仮面を作り上げた。その老婆に向かって、私の顔もにこやかな笑みを作り上げて、彼女の座る椅子に手を回す。

「風が出てきたよ。おばあちゃん、体に悪いから中に入ろう。ここは私が片づけておくから」

 そういって、彼女の背中に軽く手を付きながら、私たちはバルコニーを後にする。
 彼女の背を押しながら、密かに彼女の精霊力を推し量った。けれども、彼女からは冒険者がコントロールするような精霊力の力強さは感じられなかった。この宿を経営する元冒険者とは、彼女のことではなかったのか。