第15回更新一言メッセージ

Jingle bells, jingle bells,
Jingle all the way!
O what fun…

 外を走り回る子供たちが、クリスマスに浮かれて歌を歌う。この町でどのような宗教が幅を利かせているのかは知らない。精霊を信仰する教会があるかと思いきや、また別の場所では神や救世主を崇める教会が建っている。この日は、後者の重要な日。救世主の生誕を祝う日。彼らは救世主の生誕を祝っているのか、それともサンタクロースから与えられた贈り物を見せ合っているだけなのか。いずれにせよ、この耳に届く喧騒は不愉快なものだ。白く塗られた世界から届く光も、私には眩しすぎる。
 窓を閉め、カーテンを閉め、ドアを閉める。そんな歌は聞きたくない。お前たちの幸せそうな声は聞きたくない。

Happy birthday to you,
Happy birthday to you,
Happy birthday, dear …

 未だ窓の隙間から漏れてくる歌声をかき消すように、私は喉の奥から声を振り絞った。
 楽しみにしていたのはサンタクロースだったか、それとも母の誕生日だったか。ケーキを囲ってみんなで笑いあえる幸せな時間。この町よりも深い雪に覆われたあの家で。煉瓦でつくられた暖炉に照らされて、ほのかに赤く頬を染めるケーキ。渡されたプレゼントの袋を抱えて、にこにこしている弟。あの暖炉の日に移されていた幸せは、今はもうない。
 ひとつ、ひとつ、さっきケーキに立てられたキャンドルを抜いていく。溶けた蝋が指に張り付くが、そんなものは気にもならない。抜いたキャンドルを一つずつまとめ、その火を一つに束ねる。小さな火は仲間を見つけるとすぐに惹かれあい、やがては巨大な炎へと成長していく。
 炎は嫌いだ。凍りついた体を溶かし腐らせ、灰になった体は救済の日に蘇ることができない。教会で熱心に祈りをささげる子供たちは知らないのだろう。どれだけ祈りをささげても、救ってくれる神などいないということを。泣いて神様に助けを求めても、あの炎を消すことは私にはできなかった。あの時の私には。そう、あの時は。
 燃え盛る炎を、私の左手が包み込む。焦げていく手のひら。鼻に届く不快な臭い。束ねられた炎は確かに一瞬私の手を焼いたが、すぐに呼吸する術を失って手の中に消える。あの時の炎も、こんな風に消せたなら! こいつが私の幸せを全部奪っていった! どうして! どうして!

 ひとしきり涙を流した後、私は静かに左手を開いた。感情に任せて氷づけにされたキャンドルが、小さな悲鳴を上げて粉々に崩れ落ちる。氷の中で修復された左手に、焼けた痕跡は見当たらない。違うんだ。違う。私が治したいのはこんな左手じゃない。
 神様に祈っても助けてもらえないんだ。
 だから。
 だから、私がみんなを──

第14回更新一言メッセージ

 目の前で、その男が握るペンがつらつらと書類の空白を埋めていく。ソファーに座った私の目からは、受付に置かれたその紙は見えない。だが、あいつが何を書いているのかぐらいは見なくても分かる。前回の登録の時に自分で書いたものと全く同じ書類だ。ただ一つ違うのは、前回の私が精霊兵のレンタルを依頼したのに対して、今回はこの目の前の男──トライと組んで大会に出るということ。 続きを読む

第11回更新一言メッセージ

 夕暮れの薄闇の中、その火は旅人達の帰りを待つように揺れていた。その灯りに照らされて、一枚の木の板がその存在を主張していた。作られてからもう半世紀以上は立っているだろう。表面に塗られていた上塗り剤はもう殆ど剥げ落ちて、作りたての木材にあるようなつやつやとした光沢は見られない。その木目はまるで老人の皺のように深く、灯りの動きに合わせて黒い影をちらつかせる。明るく談笑する冒険者、仲間を失って暗く沈んだ冒険者。こいつは一体何人の冒険者を見届けてきたのだろう。私がここに滞在して二ヶ月になるが、何度も顔を突き合わせるような冒険者は多くはない。精霊協会に雇われたような冒険者でもない限り、彼らは一所に留まることはない。それが冒険者だからだ。留まって得られる利益よりも、新たな地域での出会いを求める。あと二ヶ月も滞在したら、私がここにやってきたときからいる顔なんて殆ど消えてしまうのだろう。
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第10回更新一言メッセージ

 護衛という言葉は、おしゃべりな人間の話を聞くことだっただろうか。そんな疑問が浮かぶほどに、私が受けた依頼には話を聞くという面倒な雑務が含まれていた。今回の護衛対象は私と変わらないただの少女。正確には”変わらない”という表現を当てはめたくはないほどに、彼女と私の性格は大きく違っていた。
 アマーリア。ヘルマンから護衛を頼まれたその少女の口は、歩き始めてから一度も止まることがない。相槌を打つ必要もあるのか分からないほどに、ただひたすら彼女の話を聞かされるだけの道中。カルフまでの隊商護衛と比べればその距離はゼロにも等しいが、しかしこうして一対一で他人の話を聞かされ続けていれば感じられる仕事の重みは数倍。流石、協会からの依頼レベルが一つ上だけのことはある。
 しかしこの少女、ヘルマン博士の助手というだけあってその知識量は半端なものではない。知識量、というよりは博士の発明に対する記憶量というのが正確なところかもしれないが。それが彼女の助手としての強みなのか、あるいは子供が訳も分からず地図にある町の名前を覚える現象でしかないのかは分からない。どちらにしても、彼女のおかげでヘルマン博士がどのような研究を行っているのかはよく分かった。研究室に入った時に見た妙な閃光や、煙の臭いも納得がいくほどに、あの博士の研究はデンジャラスだった。
 休むことなくしゃべり続けるアマーリアと、それを話は私の耳を通じて右から左へと抜けていく。そしてその後ろから二つの影。追跡者の実力は大したことがないし、このあたりで魔物が集団で人に襲い掛かるという話も聞いていない。さてどこで潰そうか、と頭の半分をそちらに持っていく。アマーリアの話を中断したいならば即座に戦闘に入っても構わないが、彼女に戦闘の経験があるとは思えない。ましてただの少女だ、魔物と出会って腰でも抜かされては面倒なことになる。私の腕だけで彼女を運んで行けるほど、精霊術は柔軟ではない。それならば第二研究所にたどり着いたところでおびき寄せた方が戦闘後の処理も楽に違いない。依頼の内容は彼女の護衛。第二研究所の場所を魔物に教えるなという内容は聞いてはいない。
 そんな風に打算を巡らせていると、彼女の足がピタリと止まった。

(クエストシナリオのアマーリアの動作へと続く)

第8回更新一言メッセージ

 いつもの路地裏を抜けると、眩い太陽に照らされたハイデルベルクの大通りへと出る。静かな路地裏の世界から得体の知れない人だかりに放り込まれる瞬間は、いつまでたっても気分が悪い。精霊協会に所属して早二か月が経とうとしているが、私の体は未だこの光に満ちた世界に順応できていなかった。路地裏との輝度差に目をしばたかせていると、遠くのほうから馬の蹄と車輪の音が近づいてくる。幾度となく護衛の依頼を受けた私には、それがなんであるのかは薄目を開けて確認するまでもなかった。今日も隊商が精霊街道へ向かって馬車を走らせる。私が普段護衛を担当するのはカルフとの交易をする南行きの隊商だが、ここですれ違うということはあれは北行き。できれば北の地方へ行かされる以来は当分お断りしたいものだ。私が必死で辿ってきた足跡を、もう一度踏み直すのは気分が滅入る。
 遠ざかる馬車の音を振り払って、私の足はいつもの広場の方向へ向かっていく。とはいっても、今回用があるのはその広場ではなく精霊協会だ。この足で通った回数で言うならば、広場よりも協会への道の方が多い。協会の図書館保管されている文献を漁るため、依頼のない日はいつもあそこへ通っているからだ。尤も、この二ヶ月で得られた成果は喜ばしくはない。過去の模擬選の記録や依頼の記録や、精霊術の扱い方についての資料はいくつか見つけられたが、私が本当に欲しいものはそれではない。
 召喚精霊と融合し、劇的な身体能力を手に入れる術。相手の体内の精霊力をかき回し混沌とさせ、まともに歩くことすら困難にする術。ここに来るまでの間に耳にした、禁忌とされる精霊術の噂はどれもただの噂に過ぎなかったのか。幾多の文献を読み解いたところで、未だそれらの術のしっぽすら掴めない。歴史の中に揉み消されたのか、あるいはもっとどこか、厳重に保管されているのか……。
 考え事をしながら歩いていると、急に横風が強くなった。周りを見渡すと、どの人もいかにも寒そうに身をかがめながら道を歩いている。なるほど、いつの間にか私は橋の上に辿り着いていたらしい。この時期になると水とともに流れてくる風は、耐寒を怠った人々には手厳しい空気を運んでくる。普段から冷気を扱う私にとっては、冬のこの空気のほうが心地よいのだけども。口に一つ深呼吸をさせて、冷たい空気を体の中に送り込む。ただ、送り込むだけの動作。思考に浸っていた心を前に向ける。目の前には小さな山と、その中腹にそびえ立つハイデルベルクの城。私の目的地はあの麓。今回の依頼は今迄のゴブリンのように甘くはないと聞いているが、こちらも人間相手の模擬戦はすでに何度か繰り返している。特に一対一の戦いでは負けたことがない。果たして精霊戦士隊を名乗る部隊の実力は如何程のものか。吸い込んだ冷たい空気をそのままの温度で吐き出して、私は少しだけ軽くなった足を前に踏み出した。