第3回更新一言メッセージ

交易品を運ぶ荷馬車は乗り心地が悪い。地面に散らばる石ころの鼓動を直に受けながら、私の耳は精霊街道の先を飛ぶ鳥の鳴き声と、後ろに連なる馬車の音、そしてすぐ近くで延々と続く商人達の話を聞き分けていた。隊商の先頭を走るこの馬車には、護衛としてつけられた私、隊商を指揮するアルベルト、そして商人が数名乗っている。他の馬車にも一台一人、最後尾の馬車では数人が荷物の警備にあたっているらしい。協会の冒険者とは比ぶべくもない安値の傭兵達だが、人で構成された盗賊の相手ぐらいならできるだろう。

私にやってきた依頼はこの隊商の護衛だ。だが、ここに来るまでの仕事と言えば、この荷台に乗る商人の相手でしかない。彼らからすれば私の年齢は彼らの娘と同じぐらい。まるで自分の娘に接するかのような対応を受け、私は内心穏やかではない。協会まで徒歩30分と言えば、足が太くなるからもっと近くに住めと心配され、数時間ごとにお腹が空いていないかと飴を渡される。ナめられているのだろうか。渡された飴を頬張りながら、私の顔は自然な笑みを作り上げて相槌を打つ。

話の内容と言えば、大抵は彼らの武勇伝だ。今はアルベルトが一年前に挑んだ遺跡について語っている。精悍な顔立ちから、第一印象ではしっかりした人間だったが、良くその眼を覗いてみればまるで子供の用に希望に満ちた輝きを映している。何人かは彼と顔なじみらしく、また失敗したんだろうと呆れた声で野次が飛ぶ。
好奇心は猫を殺す。素人が古代遺跡に首を突っ込んで無事で済むものではない。そのうち遺跡の罠にかかって、ゴーレムに追いかけられたり、壁に挟まれたりするんじゃないだろうか。あるいはもう経験済みかもしれない。

気が付けば、会話の流れは各々の出身地の話に代わっていた。
この先のシュヴァルツヴァルト黒  い  森周辺の生まれの者から、北の海の近くで生まれた者まで、商人の出生は予想がつかない。
覚悟はしていたが、やがて話の中心は私の生まれに辿り着いた。商人と同じように、あるいはそれ以上に冒険者の出生は予測ができない。ここで異世界から来た等と言えば、彼らの話のネタが一つや二つは増えただろうか。
少し間をおいて、私はよく親に連れられて行った隣町の名前を答えた。私が生まれた村から徒歩で半日程。最後に覚えているのは、今となっては型落ちの精霊兵がようやく一機やってきた、というニュースだったか。ハイデルベルクと比べれば小さな町だったが、当時の私はそこが一番大きな街だと思い込んでいた。
精霊兵の配備も行き届かないような距離だけれど、それでも商人達の行動範囲内ではあった。そこに行ったことがあるという一人の商人が話を拾い、その町について二、三の無難なやり取りを交わす。ふと、思い出したようにそいつは声のトーンを落として顔を突き出した。ここだけの話──よくある謳い文句を付けて、他の商人たちの顔を集める。

「前回その町に行ったときに聞いた話なんだがな、そこから遠くない村で──」

商人の行動範囲は広い。情報は街から街へ、物資を運ぶ商人や冒険者によって伝えられていく。協会に辿り着くまでの道の途中で、何度も聞いた噂話だ。いい加減に聞き飽きた話だけれど、話に尾ひれや背びれが付け加えられていって、協会に辿り着く頃には全く別の話になっていた。人間の情報網とはこんなにも信頼できないものなのか。
いや、むしろそうやって話を盛っていくことで、事実に近づいているのかもしれない。事実は小説よりも奇なり。

気の進まない話から目をそらし、進行方向の景色に注意を向ける。気分を切り替えようとした私の目に映ったのは、荷馬車の話題よりも陰鬱な薄暗い山林だった。シュヴァルツヴァルトにはまだまだ遠い。だが、曇り空が演出を手伝っているのか、ただの森がやけに暗く映る。

──このまま何事もなければ良いのだけど。

そんな願いとは裏腹に、煤を被ったように黒い雲が、太陽と私の間にもう一枚フィルターを張る。
目の前からやってくる湿った風に運ばれて、何か人のものではない叫び声が耳を撫でた気がした。

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