ハイデルベルクの大きな通りにつながる裏路地は昼間でも薄暗い。足元に気を付けなければ、不意によく分からないものを蹴り飛ばしてしまう。このような道には慣れていないのだろう、私の前を歩いていた女性が小さな悲鳴を上げた。それに続いて辺りにはカラカラと何かが転がる音が鳴り響く。驚いた猫が喚きながら路地裏を駆けていく。その声に驚いて女性が悲鳴を上げて走り去る。まるで精霊術の発動連鎖のように、道路に落ちているいろんなものが二人によって連鎖的に蹴散らされいく。よくもまぁ、一般人がここまで連鎖を起こせるものだ。私の目が一連の騒ぎを見届けると、路地裏に似つかわしくないヒールの音はすでに光の向こうへと消えていた。
路地裏の騒動こそすぐ暗闇に呑みこまれたが、この場にいるのは騒ぎを起こした一人と一匹だけではない。今の騒ぎで起こされたのか、暗闇の中にはいくつかの視線が浮かび上がっている。太陽から隠れるようにして眠る、どうせこの街にとって取るに足らない人間達だ。彼らの視線は気にも留めず、私の足は前へと進んでいく。
先程の女性が悲鳴を上げた先で、私の目が白くぼやける何かをとらえた。ダイスだ。賭博好きの浮浪者が夜中に騒いでいたのだろう。酒に呑まれて忘れられたものか、あるいは賭け事の最中に何かが起こって、道具だけ置き去りにされたのか。考えたところでダイスが答えをくれるわけでもない。意味を持たない数字を主張したまま、ダイスは再び路地裏に取り残された。
先程ダイスの音に驚いて逃げ出した猫が、日陰の縁からこちらを見つめている。光の当たらないギリギリのところから、じっと何が起こったのかを考えているようだ。しっぽだけが太陽の光を浴びて、薄汚れた白い毛並みを露わにしていた。その姿は、日の当たらない世界で歩き続けた先日までの私のようで、どこか親近感がわいた。
けれども。闇の中に探し物があるのなら、時には光の中に飛び込む度胸も必要なんだよ、猫ちゃん。暗闇の中でどれだけ探し回っても、手探りでは決して辿り着けないところがあることを、私は知った。光は本来私たちにとってはその身を脅かすものだが、ランプを持って初めて見つかる探し物もある。
私の足が、日陰と日向の境界線を踏む。チリチリとした光の圧力が、闇の中に慣れた肌を刺す。光に焼かれないようにして、上手く光を利用する。私がやろうとしているのは、つまりそういうことだ。今度、太陽光を遮断する精霊水でも買っておこう。