私達が家を出ることになった話。
それは、庭の木の輪郭が窓からでも見える、そんな霧の日のことでした。
「サラサっ!!」
街の大学へ通っていたはずのお姉ちゃんが、血相を変えて私の所にやってきました。
思い当たる節は、ありました。
「どうしたの、お姉ちゃん?
随分慌ててるけど」
「サラサ、あなた山の上の病院に行くんでしょ……?」
そして、私が思い描いた予想は当たりでした。
今の状況で、外れることもなかったでしょう。
それは私達家族にとって大きな選択でしたから。
「……」
「そうだよ。新しい治療で、そこに入院することになったの。
驚かせちゃうから、お姉ちゃん達には内緒だったんだけど」
「ねぇ、サラサ……サラサは、ちゃんと聞いてるの……?」
「そこに行くってことは、そこは……」
「……大丈夫だよ。ここよりも空気が良くて、設備も整ったところで治療するんだから。
きっと元気になって──」
「知ってるじゃない! その顔……知ってるじゃない……!!」
「……」
分かっていました。私の嘘がお姉ちゃんに見透かされることは。
嘘をつく時、私は普段作らない笑みを浮かべて取り繕う癖を持っているようなのです。
「分かるよ……分かるんだよ、お姉ちゃんだから……」
ホスピス。終末期医療施設。私がこれから入れられる施設の役割は、それでした。
治療の望みがない人、あるいはこの地域では、金銭的な事情で治療を続けることができなくなった人も、
そこで最期の時を待ち、暮らしていると聞きます。
両親にとって私の治療を続けることはもう、
その金額に見合うものではなくなったということでしょう。
「サラサ、私と一緒に家を出よう。
私が……私がなんとかするから!」
「お姉ちゃん、私は……」
振り返ってみれば、誰の期待にも沿うことが出来ない人生でした。
家の手伝いをしようにもベッドの上から動くことが出来ず、
勉強をするにも座っただけで息が切れてしまいます。
お姉ちゃんとお兄ちゃんが輝かしい結果を残していくのを家の中から眺め、
私だけが両親からの失望を浴び続ける日々。
ようやく私をベッドから下ろしてくれた新しい薬は、
私という落ちこぼれの命を繋ぎ止めるにはあまりにも高価なものでした。
だからこのまま一人、金銭的な負担をかけずに施設で終わりの時を待つことが、
家族にできるせめてもの恩返しなのかもしれません。
「姉さん、今の話……」
「あ……トリト……」
「ごめん……トリトに聞かせる話じゃなかった……」
「姉さんとサラサが家を出るなら、俺も協力する。
サラサは……俺にとっても大事な妹だから」
「お兄ちゃん……」
ここで私が拒んでいれば、二人にこんな迷惑をかけることはなかったでしょう。
でも、私はここで希望を持ってしまったのです。
家族とではなく、この兄弟と暮らしていけば、最期まで幸せに生きられるのではないかと。
私から返せるものは何もないのに、
二人が私のために動いてくれることに舞い上がってしまったのです。
「……分かった。私を、連れてって……。
知らないところで、一人でいるのはいやだよ……」
「任せてよ。お姉ちゃんがサラサを救って、
二人を養ってみせるからね!」
知っていますか、お姉ちゃん。
お姉ちゃんもまた、嘘をつく時にだけする笑い方があります。
でも、お姉ちゃんが私と違うのは、
たとえ最初は私達を励ますための嘘だったとしても、
それを本当にしてしまおうと動いてくれるところです。
だから、信じてるからね。お姉ちゃん。