あれは今から8年程前、俺が町の学校へ通いだした頃の話。
「どーしたのトリト。また父さんたちに怒られた?」
姉は昔から優秀だった。
機転も利くし、学校での成績も良い。
学年も幾つか飛び級して、毎日隣の大きな街の学校まで通っていた。
両親はずっと姉の功績と俺を比較していて、
そのせいで当時の俺にとって姉は、嫉妬の対象であった。
どれだけ俺が努力しても、同じ町の同年代の誰よりも優秀な成績を残しても、
そこには必ず姉が残した足跡が立ちはだかっていた。
「……」
「あー、そっか。こないだのテストが帰ってきたんだね。
ちょっと見せてみなよ。トリトが頑張ってたの、私知ってるからさ」
「うわー、凄いじゃんこの成績!
一年ぐらいなら学年飛ばせるでしょ。
これで父さんたちに怒られるの!?」
「……お姉ちゃんはもっと凄かったって。
お姉ちゃんなんてもう、何年も飛ばしてるじゃん」
「父さん達も、トリトには期待してるんだよ。
将来私達や、うちの下で働いてる人たちの生活を守る立場になるんだから。
このまま頑張ればいつか私だって超えて……」
「……」
「あー……んー、よしっ、なるほどね!」
「お姉ちゃん分かったよ!
トリトは頑張ったから父さん達に褒めてもらいたかったんだよね」
しばらく考え込んだ姉はそう言って、ぐずっていた俺を抱き寄せた。
「……!」
「大丈夫大丈夫。表に出さない父さんたちの代わりに、
これからはお姉ちゃんが目一杯トリトのこと褒めてあげるからね」
誰かに抱かれるのは何年ぶりだろう。
学校では俺の結果を褒めてくれたけれど、それは言葉の上でしかないものだ。
今までの姉の褒め言葉も、
そういうものだろう、優秀な人間の余裕だろうと流していたけれど……。
こうして抱き寄せられて、頭のすぐ上からかけられる声が、
こんなにもくすぐったくて、心に沁みるものだとは思わなかった。
頭の上から声をかけられ、姉の言葉がぞくぞくとした充実感となって身体を満たしていく。
あぁ、俺が求めていたのはこういうものだったのか、
誰かに抱き寄せられて褒められたかったのか……。
「……お姉ちゃん……」
それが、姉が嫉妬の対象ではなく、憧れの対象へと変わった瞬間だった。