第6週目




 あれは今から8年程前、俺が町の学校へ通いだした頃の話。

「どーしたのトリト。また父さんたちに怒られた?」

 姉は昔から優秀だった。
機転も利くし、学校での成績も良い。
学年も幾つか飛び級して、毎日隣の大きな街の学校まで通っていた。
 両親はずっと姉の功績と俺を比較していて、
そのせいで当時の俺にとって姉は、嫉妬の対象であった。
どれだけ俺が努力しても、同じ町の同年代の誰よりも優秀な成績を残しても、
そこには必ず姉が残した足跡が立ちはだかっていた。

「……」

「あー、そっか。こないだのテストが帰ってきたんだね。
 ちょっと見せてみなよ。トリトが頑張ってたの、私知ってるからさ」


「うわー、凄いじゃんこの成績!
 一年ぐらいなら学年飛ばせるでしょ。
 これで父さんたちに怒られるの!?」

「……お姉ちゃんはもっと凄かったって。
 お姉ちゃんなんてもう、何年も飛ばしてるじゃん」


「父さん達も、トリトには期待してるんだよ。
 将来私達や、うちの下で働いてる人たちの生活を守る立場になるんだから。
 このまま頑張ればいつか私だって超えて……」

「……」

「あー……んー、よしっ、なるほどね!」

「お姉ちゃん分かったよ!
 トリトは頑張ったから父さん達に褒めてもらいたかったんだよね」


 しばらく考え込んだ姉はそう言って、ぐずっていた俺を抱き寄せた。

「……!」

「大丈夫大丈夫。表に出さない父さんたちの代わりに、
 これからはお姉ちゃんが目一杯トリトのこと褒めてあげるからね」


 誰かに抱かれるのは何年ぶりだろう。
学校では俺の結果を褒めてくれたけれど、それは言葉の上でしかないものだ。
今までの姉の褒め言葉も、
そういうものだろう、優秀な人間の余裕だろうと流していたけれど……。
 こうして抱き寄せられて、頭のすぐ上からかけられる声が、
こんなにもくすぐったくて、心に沁みるものだとは思わなかった。
頭の上から声をかけられ、姉の言葉がぞくぞくとした充実感となって身体を満たしていく。
 あぁ、俺が求めていたのはこういうものだったのか、
誰かに抱き寄せられて褒められたかったのか……。

「……お姉ちゃん……」

 それが、姉が嫉妬の対象ではなく、憧れの対象へと変わった瞬間だった。