「お兄ちゃん、お料理手伝うよ。
私にも作り方教えて」
「……どうしたんだ、急に」
「私も役に立つことの一つは覚えないとって思って。
最近は薬のお陰で調子も良いから、こういうときぐらい頑張るよ」
除湿機能の付いた食品棚から、パンを取り出します。
一日中霧に包まれたこの町では、野菜やパンはこのような特別な棚にしまっておかないと、
すぐに食べられなくなってしまいます。
保存も輸送も大変で、お値段もそんなに安くないので、野菜やパンはいつでも食卓に並ぶわけではありません。
(今日は新鮮な食べ物を沢山仕入れた商隊がたまたま街を通りがかったので、
お兄ちゃんが噂を聞きつけて買ってきてくれました。)
普段はカビたり腐ったりすることのない、缶詰に詰まった素材で料理をしています。
なので、こんな風に新鮮な食材が並んでいると、なんだか今日が特別な日みたいに思えてきてわくわくします。
もっとも、私の場合は乾いたものを食べると咳き込んでしまうので、
このパンはスープに一度浸さないといけないのですが。
「それはまだ早い。姉さんを待ってる間に湿気ってしまう。
代わりに下のじゃがいもを取ってくれ」
「はーい」
おっと失敗。この家に越してきてしばらく経ちますが、
家事全般は全部お兄ちゃんとお姉ちゃんがこなしてしまうので、まだ勝手が分かりません。
あんまり体を動かして病気が悪化してはいけないから、
と言われていますが、元気なときまでお荷物にはなりたくないです。
「料理なら姉さんの方が上手いだろ。
姉さんが休みの日に習ったらどうだ?」
「お姉ちゃんは調味料とか『適当で』って言っておいしい料理作っちゃうからねー。
私が聞いても全然真似出来ないんだよ」
「あー……まぁ、姉さん、そういうところあるからな……」
「お兄ちゃんぐらい……お姉ちゃんのことずっと見てたら、分かるのかもしれないけど」
「……」
「ただいまー! なんかいい匂いしてるね! 今日はシチュー?」
勢い良く玄関のドアが開けられ、お姉ちゃんが仕事場から帰ってきました。
私のお姉ちゃんは、ハイドラライダーとして戦場で戦う人です。
お兄ちゃんと私の生活を一人で支えている、とっても強い人です。
「おかえり! お姉ちゃん!
あれ、その絆創膏どうしたの!?」
「いやー、ハイドラのコックピットを整備してたら部品が落っこちちゃってさー。
ネジでも上から落ちてくると擦り剥けるもんなんだよねー。」
「もー、怪我しないように気をつけてよねー。
お姉ちゃんの背中には私達の背中がかかってるんだからっ」
「かわいい妹たちのためならこれくらいなんてことないよ。
それよりご飯できてるなら食べよー。
お姉ちゃんたっぷり稼いできたからお腹空いてるんだー」
「はーい、いま用意しまーす」
そういって、私は先程間違って取り出そうとしたパンを食卓に並べていきます。
「……サラサ、まだ早い。シチューに火が通りきってない」
「ええー!?」
「ええー!? お腹すいたー!」
「……」
お姉ちゃんが帰ってくると、途端に家の中が明るくなります。
優しくて強いお姉ちゃんと、ちょっと無愛想だけど優しいお兄ちゃん。
ここに辿り着くまでに色々とあったけど、
3人で暮らすことができる今が、とっても幸せです。
だからどうか、私の薬が──