第31週目



 姉を失い、そして兄を失った私は、二人が所属していた企業の勧めで基地を訪れることになった。
二人の遺品を整理するため。そして、ハイドラライダーになるため。
 基地の扉の前には、小さな瓶を抱えたうさぎの人形が置かれていた。埃が随分と積もっている。
この部屋は最初に姉に用意されたもので、その後すぐに兄にあてがわれたものだ。
けれどもこの人形の埃を見る限り、兄がこの部屋に入ったとは思えない。
それは何週間も、あるいは何ヶ月も前からそこに置いてあるように見えた。
 姉も出撃前に時間ができたときにしか使っていなかった、と言っていたし、
その時間さえ操縦棺の中で待機するならこの部屋を使う必要もない。
ハイドラの格納庫と家を往復すれば基本的に依頼はこなせる。
兄がこの部屋に入りたがらなかった理由は、私にも大体理解できた。
埃を払った人形を抱えて扉にカードを差し込む。

 扉が開いてすぐに、机の上に書類が雑多に積まれているのが目に入る。
あぁ、姉の部屋だ。
ここは間違いなく、姉の部屋だ。
ただそこに入っただけで、その事実を突きつけられる。
こんなにも胸が苦しくなる部屋が、まだこの世に残っていた。
 書類の山の上に、亀の置物が置かれている。
家にあるものと色違いの置物。
家ではそれは、書類を読んでいる途中の合図。
雑多に積まれたこの書類の配置は、きっと姉にとって意味のあるものなのだ。
でも、この配置の意味を理解できる人は、もうこの世には誰もいない。
机に散らばった紙の一つを拾い上げる。

『████病患者を用いた██████システムとの適合性と患者生存率について』

 その表題の意味を、私は知っている。
そして、その資料が私達家族にとって何を意味していたのか、この場所にいる今の私なら分かるのだ。
何もかもが遅かった。いや、あるいは、私がどこかで私が知っている全てを姉に伝えていたら。
 逃げるように視線を逸らすと、机の上には書類の他に食べ物の缶が置いてあった。
ラベルを見る限り中身は氷砂糖らしい。
揺すってみると、缶の中には一粒か二粒、まるで最後に食べ忘れたかのように中身が残されていた。
これが兄だったら、きっと最後まで食べ切っていたんだろうな。
そんなことを考えながら、私は缶を手にとってベッドに座った。
 氷砂糖の缶を開けて、最後に残った数粒を取り出す。
口の中に広がる甘い味からは、もう何の感情も思い浮かばなかった。

 ただ、甘いだけだ。



ENo.0513 ベルフィーユ・マックロイさんからいただいた、
缶入りの氷砂糖(第11週目)と
小さな瓶を抱えたうさぎの人形(第20週目)を日記内に使わせていただきました。